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キングダム 蒙武(もうぶ)の息子は始皇帝の死後どうなった?親子喧嘩で自殺・処刑?

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キングダムに登場する中華最強を目指す武将・蒙武には息子が2人いて、その息子たちも作中で大活躍しています。

蒙武と息子の蒙恬・蒙毅は、キングダムと同じように史実でも躍動して歴史に名を刻み、後の世に語り継がれるほど!

中華を統一した時代に栄華を極めた蒙一族は、始皇帝の死後どうなったのでしょうか?

蒙武と蒙恬・蒙毅が親子喧嘩の末に自殺や処刑したとのうわさもあり、謎が深まるばかりです。

今回はキングダムの蒙武の息子たちの始皇帝の死後、親子喧嘩の真相や自殺、処刑の真相について紹介していきましょう!

 

キングダムの蒙武(もうぶ)の息子は始皇帝の死後どうなった?

キングダムに登場する蒙武は、中華最強を目指す武将で合従軍・函谷関の戦いで、楚将・汗明との大激闘の末に勝利するなど大活躍をしています。

蒙武は史実でも楚を攻略する王翦軍の副将として活躍、歴史に確かに足跡を残しました。

そんな最強を目指す蒙武には2人の息子がいて、2人とも史実でもキングダムでも大活躍します。

また、2人の息子たちは始皇帝の死後、悲しい結末を迎えることでも有名に!

史実でも有名な蒙武の息子たちを見ていきましょう!

 

キングダムに登場する蒙武の息子たちを紹介!

キングダムに登場する蒙武の息子の名前を紹介します。

  • 大将軍になった長男:蒙恬
  • 天才軍師として描かれる次男:蒙毅

2人とも史実にも活躍の記録が残り、始皇帝の時代に重用されました。

どのような活躍をして歴史に名前を残したのでしょうか?

 

大将軍になった長男:蒙恬

キングダムで将軍になった蒙恬は、史実では以外にも武将ではなく、文官として裁判官のような仕事をしていました。

史実で武将になったのは紀元前225年の楚攻めの戦いで、将軍になったのはさらにその後の紀元前221年の斉攻めの戦い!

将軍になった経緯も家柄が理由と、キングダムのように文武両道であったわけではありません!

統一戦争ではあまり見せ場の無かった蒙恬は、統一後にモンゴル地方を支配していた匈奴を侵攻を防ぎ、あの『万里の長城』を建設!

万里の長城には始皇帝もとても喜び、蒙恬と弟の蒙毅まで重用したと記録されています。

頭の良かった蒙恬は始皇帝の望んでいたことが分かっていたのかもしれませんね!

 

天才軍師として描かれる次男:蒙毅

キングダムで天才軍師として描かれる蒙毅は、史実では文官として中華統一後の秦の政治基盤を作ったとされています。

始皇帝の大のお気に入りで、常に始皇帝のそばに付くことを許可され、王族以外では最も権力を握っていました!

蒙毅は頭の切れる人物で父・蒙武、祖父・蒙驁を越えるほどの実力で、兄・蒙恬よりも始皇帝に気に入られたことで有名に!

キングダムでは軍師として、どのように頭の良さを見せてくれるのか楽しみですね!

 

蒙武の息子は始皇帝の死後にこの世を去る!

中華統一後の秦で、蒙武の息子の蒙恬・蒙毅は絶大な権力と信頼を得て、順風満帆な時を過ごしていました。

しかしある日突然、蒙恬と蒙毅の栄華は始皇帝の死という形で大きく崩れ去ります。

初めて中華を統一した秦の始皇帝の跡継ぎ問題、権力闘争に巻き込まれ、始皇帝の厚い信頼を得ていた蒙恬と蒙毅は始皇帝の死後すぐにこの世を去ることに!

一体何があったのかを次の章で見ていきましょう。

 

キングダムの蒙武(もうぶ)と息子は親子喧嘩で自殺・処刑?

キングダムの蒙武の息子たちは、時代の頂点を極めたとは思えないほど意外な最後を迎えたとされ、自殺や処刑されたそうです。

蒙恬と蒙毅の死に方には、蒙武との親子喧嘩が関係しているとのうわさも!

2人の結末を紐解いていきましょう!

 

蒙武と息子たちの親子喧嘩!

蒙武と蒙恬・蒙毅は、親子喧嘩の末に亡くなった可能性もあります。

史実で息子2人は始皇帝にとても信頼されて、内政、匈奴を相手にした外政の両方で大きな権力を任されていました。

それに警鐘を鳴らしたのが蒙武で、時代の移り変わりが激しい時代を生き抜いた父は、王に近すぎる2人が始皇帝の死後、権力争いに巻き込まれて命を落とす危険を察知!

2人を説得しますが、絶大な力を持つ2人の心には響かず、親子喧嘩をしてしまい、結果として父のアドバイスを聞かなかった蒙恬と蒙毅は、権力争いに巻き込まれて死んでしまいます。

いつの世も先人の経験や知恵は大事にしなければなりませんね!

 

始皇帝の死後に急展開!蒙恬と蒙毅に衝撃の命令!

始皇帝の死後、権力争いのために始皇帝に近い者が排除される流れになり、蒙恬には衝撃の命令が下され、その内容は難癖をつけられ、自害せよというものでした。

この命令に抵抗して、刑務所にまで入れられましたが、最後は次期王による直接の命令で蒙恬は毒を飲んで自殺します。

弟の蒙毅は始皇帝の信頼が最も厚かった人物で、次期王陣営から警戒され、すぐに牢屋に閉じ込められました。

頭の良い蒙毅は正論で対抗しますが、次期王の側近にとっては邪魔な存在でしかなく、すぐに処刑されることに!

こうして栄華を極めた蒙恬と蒙毅は、始皇帝の死後に後ろ盾を失ったため、すぐに命を絶たれる悲しい結末となりました。

 

蒙恬は自殺、蒙毅は処刑!蒙一族はどうなった?

始皇帝の死後、蒙恬は自殺、蒙毅は処刑されました。

その後前王に仕えていたものは、みんな何かしらの方法で命を奪われ、蒙一族も誰もいなくなります。

次期王陣営は権力をほしいままにしますが、その結果1年も待たずに各地で暴動が勃発して、国としての形はなくなり、秦は滅びてしまいました。

 

まとめ

キングダムの蒙武の息子について、始皇帝の死後や親子喧嘩、自殺・処刑の真相を紹介しました。

身の振り方で親子喧嘩した後に、蒙恬は自殺、蒙毅は処刑されるなど最高の権力を持っていたにもかかわらず、始皇帝の死後にあっけない最後を迎えます。

現在のキングダムでは始皇帝も健在で中華統一戦争の真っ最中であり、蒙武や息子の蒙恬、蒙毅ともに戦場で大活躍!

史実のような最後を迎えるとは想像もできないくらい、順調に大将軍、天才軍師としての階段を駆け上がっています。

蒙一族の最後は一体どうなるのか、中華統一後の世界もキングダムで描いてほしいものですね。